昭和50年06月01日 朝の御理解
御理解 第81節
「氏子十里の阪を九里半登っても安心してはならぬぞ、十里を登り切って向こうえ降りたらそれで安心じゃ、気を緩めると直に後にもどるぞ。」
油断をしてはならんと言う事です。何時も鎧兜を付けておらねばならぬ様に、あると言うのではないのです。信心の油断をしてはならんと言う事は、そう言う事ではない。勝って兜の緒を締めよと言う様な諺が御座いますが、何時も鎧を着て何時も兜を被っとらんならんと言う事ではない。それはこうして、私共であって見れば紋付き袴に身を固めて、御結界座っておる時ばっかりの様でなからにゃならん言うのではない。
勤めを終わらして頂いて、退らして頂いたらもうお風呂にも入らして貰う、湯上がりとも着替えさして貰う、くつろいだ気分と言うものがあってはならんと云うのではない。皆さんでもそうです、一生懸命働いておられる時の様な緊張しとらんならんと言う事ではない。たまには温泉にども浸ってゆっくりね、心身共に疲れを取らして貰うて、のんびりすると云った様な時もあって良いと言うより。
むしろそれはあらなければならない。問題は負の心の中にどう言う中にあっても、有難いと云う心があるかどうかと云う事が、信心の言わば一つのバロメーターになる物だと思います。だから信心は例えば九里半登ってもとこう言われる所ですね。十里の坂を九里半登ってもと言われる所は、信心は愈々有難くならせて頂く稽古だと云う所に焦点を置いて、成程信心とは有難いもんだなぁとどちらを向いても言うなら、御恩恵の中にある私くし天地の親神様のお懐の中にある私くし、そう言う私くし自身を知る事だと。
おかげの中にある私し自身を知る事だと。ですからどちらを見ても、言うならばおかげの中に在るのですから、何を見ても有難いなと。私しは九里半登ってもと云うのは、そう云う信心の有難さと云うか、妙境が開ける所までが、私くしは九里半登ってもと云う所だと思うですね。だから皆さんの場合、一生懸命その有難いに向かって進んでおられる所。それは成程一日の内にでもあります。
朝の御祈念でもお参らせして貰うと云う、生々とした神様へ心を向けておる時もありゃ、何か日中暑い時などは心が何とはなしにダラッーとした様な時もある。そう言う時に矢張りまぁ冷たい水で顔の一つも洗わして貰うと、又心がシャンとする。眠たいから眠る食べたいから食べる、と云った様なそう云う様な事にでもです、私くしは自分の心の一つの、油断と言うかスキを作ると云った様な心掛けがやっぱり要ります。
けども今日は私しは皆さんに聞いて頂いとるのは、もう愈々信心とは有難うならして頂く稽古であると極まった。ですから日々有難くならせて頂く為の教えを頂き、有難くならせて頂く為の精進をさせて頂いて、心の中にも有難いなあ勿体ないなあ、本当に畏多い事だと云う様にですね。そう言う心の状態を開かせて頂く事に、先ず焦点を置いておかげを頂かなけねばならん。ですから自分の心の中にです、その有難いものが消えて来る、有難いものがある状態を安心の状態だと思う。
昨日から使わせて頂いているこの筆が、紫と書いてある。平仮名で掘ってあるまぁ筆の名前でしょう、お供え頂いたんですけども、是はこう意識して買うて来られたのか何か知らんけど、紫是は私の一番言わば好きな色と言うか、信心の上では安心紫の色。皆さん御祈念をなさる時にね、目を瞑って御祈念なさっとられる時にね、こう目を瞑って御祈念を頂くと、もう色々な色が交錯する様にいろんな色を頂く事があります。
緑のいろを頂く事がある、緑の色を頂く時には元気な心でと、紫の色を頂く時には、どんな心配事がある時でも、一生懸命御祈念さして貰いよると、もう目の前がもう紫にいっぱい広がって来る事がある、時にはどう言う心配事があっても安心です。私の方の幹三郎、三番目の息子が肉腫で、もうこれが最後であろうから親子共々に、家内と三人で御本部御参拝をした事が御座います。
本人は気付いとるかいないか解らないけれども、私共夫婦はもう覚悟しとりましたから、だからあの人を伴って御本部参拝をしました。それで、奥城親子三人で御祈念をさして頂いとりましたら、もう目の前がもう紫一色にずうっと変わって行く所を頂いた。そこで私くしは安心、又外にも色々お知らせを頂きましたが、と云う様にどう云う心配が、もう現代の医学ではもう絶対助かり様のないと云った様な、なら病気を致しておりましてもです、神様が紫の色を下さったんですから。
心に言うならゆとりが出来た安心が出来た、そんな事が御座いました。所謂紫色は安心。ですから所謂信心の究極の所は言うなら、有難くなると事であると云う事はどう云う事かと言うと、有難いなあ勿体ないなあと言うておる時には、心が安らいでおる時であり、安心が出来ておる時なんです。皆さん信心とはね、そう云う心の状態を目当てにして、そう云う心の状態が開けて来る事が楽しいのです、有難いのです。
だから朝の眠たいとか冷たいとか寒いとか暑いとかって、何か問題じゃないです。その有難い心の状態が、そのままあの世にも持って行けるのですからね。昨日は久富勇さん所の霊祭が御座いました。霊祭と言うてもあちらの奥さんのお母さんが亡くなられて丁度五十日、所謂五十日祭であります。そのお届けが御座いましたから。奥さんの五十日祭にあの告別式を仏教で両方とも営んで御座いましたので、して頂きたいという願いがあっとりましたけれども。
いっ時でも早いが良いと思いましたから、昨日お母さんの五十日祭に併せて、奥さんの帰幽祭、いや御無礼、合祀祭、ここの霊屋に一諸にお祀りをすると言うお祭りを併せてさせて頂きました。御参拝は久富さん御一家と繁雄さんの御一家と、それから丁度御兄弟が来合わせておられた。御兄弟がお二人でしたから、まあ十人余りだったでしょう、返って斎員やら楽員の方が多い位でした。
思い掛けない、それこそ云うなればお祭りの方だけは盛大なお祭でした。五十日祭でした。もう本当に御霊の働きと言うものを感じましたが、もう今からあのうお祭りを仕え様と云う所に、あヽ今日はほんにお花が持って来てなかったなあ、お供えば色々真心込めて持って見えておられたけれども花がなかった。ないなぁと言うておる所に、鳥栖の上野さんが家に咲いた花だと言って。一杯あのう持って来て下さった。
ほれでもう早速あのう愛子に言うて、あそこに(御霊殿の前に)お花を活けさせて頂きましたがです、もう本当に生々とした霊様神様の働きをそこに感じん訳には参りませんですね。お祭りをあのう奉仕させ頂いて本当に感動致しました事は、合祀祭ですから、昨日開扉が御座いました。あの開扉を致します時には、ギイギイと言うあの扉の開く音が致します。片一方の扉が開かると同時に久富くにかさんの霊様がですね、それこそ飛び込んで行く様な勢いで、その勢いを見せて下さいました。
如何にあのうこのう合祀、それは成程主人は子供達は、自分が亡くなったもうその日から、一日だって欠かした事がない、やっぱりお日参りを続けておられます。信心がどうと云う事はないのですけれども、その言うならば、形式ではあるけれども、そう言うお祀りがしてなかった。仏教では出来ておったけれども、お道の信心、勿論自分が仏様になろうと思うて御座らん。矢張り死したる後神になる事を楽しみに信心が日頃出来ておられた。皆さん御承知の通りです。
それこそ有難い勿体なきの、信心生活をなさっておられましたから、それがその様にこよない有難いものであった。待ち永い思いなさったと、思われる様な状態でした。それから、お母さんの御霊、皆さん御承知でしたが、足が不自由であんなさいましたですね。そしたらその不自由であんなさった方の足をね、子供の時に片一方の足をこうやって、抱えてね片一方の足でピョンピョン飛んで回るような事を致しますね。
足を片一方の足を抱えてピョンピョン、それこそ飛ぶ程の嬉しい、もう飛んで喜ぶ程の嬉しさをまあー表現して見せて下さったんだと私しは思いました。同時に現世にある時には、成程あの様に体を少しなされなきゃならん程に、あのうお足が悪かったんですけれども、もう彼方に行かれてはもう親先生、その様に自由なおかげを頂いとりますと言う事であると、私は思いました。ね。
そして例えばんなら昨日の、そうした合祀祭または五十日祭が、本当に例えば改式をして、初めから言うならお道の信心に依って告別式が行われ、十日十日の言うならば、句日祭が仕えられ、そして五十日祭と言う様にすれば、それこそ親戚中知り合いの者、皆んなも集まってお祭は、そう言う先生方が四人、楽員方が五人でしたから九人。普通の大きなお祭り仕えさして頂く程しのお祭りが、出来たのですけれども、参拝をする方は内々の方達ばっかりであった。
ですからそれは正式でなかったからであますけれども、言うならあば、例えば服装一つでも、まだ五十日祭と言えば私共全部、白の装束に白袴で御座います。なら、参拝の方も皆喪服を皆お着になられて、あのお祭りを拝ませ頂く程しのものでなからなければならんのですけれども、まぁあのう言うなら、ほんの内々だけで霊の安らぎを願われてからの、まあ言うならばお祭りでしたから、そうも行きませんでしたけれども、神様から私がお知らせ頂いたのは。
大変有難き勿体なき、畏多きと言う様な、そう云う物を身に付けた霊様であった二人とも。お母さんが亡くなられます一日、二日はもう意識が無くなられたり、意識が出られたりと云う状態であった。意識が出られた時に、あのう勇さにゃら娘婿さんに当たります勇さんに言われた事は、どう云う事かと言うと、所謂亡くなられる一番最後の言葉です。まぁどう云う事であったかと言うと、勇さんあのう今度の敬親会ですね。
敬親会で親先生がね、私しと御縁を頂いとる者の限りはあるだろうか、よし地獄に落ちたっちゃ、私が極楽さん連れて来てあげるよ、と云う事をお話をなさったから、私は安心と言わっしゃった。又その時の敬親会時にゃそう言う話を中心にお話をしたんですよ。だからねあんたどんが時ー々どん参って来よってから、あヽあの人は何処の人じゃろうかと言う事ある風でね、私が見忘れるごたっちゃでけんよっと。
私がこうやって、私とあんた達がこうやって関係が出来て、あヽ誰れ誰れさん誰々さんと知っとる事あるなら、例えばあんた達が地獄に落ちとっても私が迎えに来て上げるよと、親先生が言うてあるけん、私しは安心と言うのが娘婿に対する一番最後の、言うならば言葉であったと言う事で御座います。それ程しに有難いと云う物を、信心の有難い尊いものを身に付けておられたと言う事です。ね。
くにかさんの場合なんかは、もう皆さん御承 ね。あヽ言う中にあれだけの信心をなさったんですから。言うならば有難き勿体なき畏多きと言う、そう言う信心を身に付けておられた。神様が何か一番お喜び頂くかと言うと、或る時に四神金光様に、二代金光様に、金光様信心させて頂いとりますが、どう言う信心をさせて頂いたら神様が一番お喜び頂けるでしょかと言われた、お尋ねになられた時に四神様が、そうじゃな神様は御神酒が一番喜ばれると仰った。
御神酒と言うてもお酒ではないぞと、有難き勿体なき、畏多きの神酒じゃと仰った。なら今日私が皆さんに聞いて頂いとるのもです、だからその神様が一番喜んで下さる、言わば信心を目指すと言う事は、愈々私共が有難うならせて頂く様々に願わんならん、頼まんならん難儀な問題も色々有りますけれども、そう言う問題を通して有難くならせて頂く稽古をさせて頂くので御座います。
そしてなら本気で稽古をさせて頂きますと、おかげを頂くさる事ながら、確かに心が和らいで来る、心が喜び一杯になって来る。それこそ其処の村内の久保山さんではないけれども、朝な朝にこうやって御理解を頂いて、御祈念をさせて頂いて有難い御教えを頂いておるとです、それこそシビレル様な喜びを感ずる。その喜びをです一日持ち続けたいんのだけれども、そうはいかんけれど、そう云う喜びが日の内にひと時でも頂けると言う事は、こんなに有難い事があるんだろうかと。
人は何処え、さあ何処へレジャーだ温泉だと云う風にです行かれても、そう言う所に行こうとも、云う気も起こらない程にそこの金光様に御参りしたが、一番有難いと言いよりますと云う風にです。ね。まだなら何年かの御信心でしょうか、リュウマチでおかげを受けられた。それがキッカケの御信心で毎日お参りがある。そう言う風に自分の心の中に有難いものが育って行くと言う事、それが目指しなんです。ですからそう言う有難い勿体ないと言う心がです、勿論安心ともなり。
所が此処に一つ難しい事は、安心と慢心は紙一重と仰るんですからね。もう金光様の信心しよるけん大丈夫、その大丈夫がです安心であれば問題ないのでけれども、言うならば慢心がですね、只安心に似たものでありますから、間違へておる様な事があってはならない。そこん所の見極めと云う物を何時も自分の心の中にして行かねばいけない。それにはだから自分の安心しとる事ある、その安心の心の中身がです。
果たして有難き勿体なき畏多き、何と言うても勿体ない事じゃなぁ、有難い事じゃなぁと云う物が有るや否やと云う物を、何時も検討して行かなけりゃならん。ね。又なら皆さんの場合です、まぁだそんな有難いと言った物を味合うた事がないと言う方もありましょう。又はその今有難いを目指して、稽古をなさっておられる過程の方もありましょう。ですから、愈々信心さして頂いて、十里の坂を九里半登っても安心してはならんね、と云う様な気持ちをです。
言うならば有難くならせて頂くそこまでが、言うなら九里半登った所であり、そのそれ有難を愈々もっと深いものに、もっと広いものにして行こうと言う精進。それは決して勝って兜の緒を締めろと言う様に、鎧兜に身を固めておかねばならないと云う様な事ではなく、緊張した連続であらねばならないと云う様な事ではありませんけれども、心の中にそう言う有難き勿体なき畏多きと云う様な信心がです。
どの様な場合であっても、所謂、寝ても起きてもそういう心の状態を願い求めておると言う事から、否かどうかと云う事を確かめて行かねばならん。昨日のその久富さん所の霊祭でしたけれども、そんな今申します様にその完璧の霊祭と云う事ではなかった。お祭りは盛大でしたけれども、そしたら神様からね、私くしが頂くのは、お酒の好き人お二人ともそおー云う風で、有難き勿体なきの好きなね、有難い方でしたからお酒の好きな人です。
今日は肴も何んにも無いけれども、お燗も付けとらんけれども、冷で一杯でどうぞと言うて出す様なお祭りであったと頂きました、最後にね。好きな人に一杯茶碗ででもついで出すと喜びますでしょうが、肴は何んもないおつまみもない、お燗もついとらんけど一寸冷でよかたい、ちょいと一杯頂きなさい。もうそれこそニコーッとしょうごと好きな者ならですよ。だから昨日のお祭りがその様に、霊様方には嬉しい有難いものであったと云う事、けどもそれで良い事ではない。
それを愈々私共が有難い勿体ないを育てをさして頂いてです、それこそ立派なお膳部ども拵えて、お燗も言うなら燗がんとつけて、そして言うなら山海の珍味を肴にして、お神酒を頂かして貰える様なおかげも、是から頂いていかなっければならない。是は残された者としての勤めであると云う様な御理解を最後に頂きました。それには愈々んなら私共が有難うなって行く信心の稽古をして行かねばならないと云う事で御座います。
向こうへ降りたら安心じゃと、九里半言うなら山の坂を峠まで行ったからと言うて安心してはならない。その峠を向こうの方へ降りた時が安心じゃ。言うならその有難き勿体なきを以ってです、あの世へやらせて頂いた時に初めて安心だと云う事になるのじゃないでしょうか。だからこそ信心は一生が修行じゃと教えられたのじゃないでしょうか。どう云う修行かと言うと、有難うならせて頂く稽古なのだ、そう言う修行なんです。
気を緩めるとすぐ後へ戻るぞと最後に、気を緩めると言う事はのんびりしてはならないと云う事ではなくてです。信心を緩めるとと言う事だと思います。だから信心を一つ緩めてはなりません、信心の手綱をしっかり取っとかなければなりません。そして楽しう有難う信心の稽古をさして頂いて、まあ今日の御理解は皆さんに手の届かない程しの御理解であったかも知れません。ね。
例えば九里半登ってもと言う所を有難く信心によって心の状態が安心、または有難いと言う心の状態が開けて来た所を九里半と云う事を聞いて頂いたんですから、大変皆さんにはまだ手の届かない所かも解りません。けれども目指す所はそこである。然かもそこに到達さして頂いても、尚且つ言うならば信心の油断をしてはならないと言う事を聞いて頂きましたね。
どうぞ。